「ちょっと銀さん!!姿が見えないと思ったら、なに綿飴なんか買ってんですか!!」

ずいぶん走り回ったのだろう。
そのメガネの地味男子は汗だくになって、見つけたその男に食いかかる。

「あん?なに、お前律儀に走って探してたワケ?このクソ暑い中」

言われた男はやる気のない目で、持っている綿飴をパクリと頬張る。

「いい加減にしてくださいよ!そもそもこんな事になったの銀さんのせいなんですよ?折角見つけた依頼人のペットまた逃がしたりするから!」
「ハイハイ、説明乙。しょーがねェだろ。移動させやすいように小さな檻に入れかえようとしたらさァ・・・ランナウェイしちまったんだよ」
「何カタカナ使ってフワッとごまかそうとしてんだよ・・・!アンタの凡ミスでしょうが!」
「銀ちゃーん、このジャガバタポテトが食べたいアル」
「家で作れるものは後で作ってやるから、他のにしろ」
「・・ねェ、もう探す気ゼロですよね。完全にお祭りモードですよねこれ」

数日前に入った依頼。
いなくなったペットの猫を探して欲しいと頼まれて、確かに1回見つけたものの逃げられた。
追ってみたが、運悪く夏祭り真っ最中の神社に逃げ込まれて完全に見失ったのだ。

「今日はもういいよ。どーせこんな人混みじゃ見つかりっこねーし。祭りは今日1日だけだし、しっかり楽しんでこーぜ」
「・・・・銀さん、忘れてるみたいですけど、この依頼のお金が入らないと、家賃また滞納ですよ」
「・・・・・」


祭りの時にシケた事言ってんじゃねーよ、と文句を言っている背後で


「キャアアア!!!」
「おい何だ!?」

「どけコラァァ!!!道空けろ!!!」



事件は起こった。











『アンタって人は!』










「オイ、そっちはどうだ」
「まだ動きなしですぜ」
「2番隊も同じです」

夏の夕暮れ。
西の空はほとんど色が消えて、赤い提灯の列が境内に美しく映える。

「いいなァ〜お祭り。私も行きたい。やっぱり杏飴は鉄板だと思うんだよね」
「じゃあ行け。そのまま帰ってくるな」

耳元の無線から素っ気ない返事が返ってくる。

「もう、すぐそうやって・・・ちゃんと見張ってますよ」

屋台の灯りが届かない木の陰から、言葉の内容とは裏腹に、隙のない視線を送る女隊士。
参道の人混みには、私服の隊士、裏門には1番隊が控えている。

「あっつい・・・早く動けコラ」

風があまり無いせいか、隊服がすこぶる暑い。
参道を歩く顔つきの悪い男2人組みに悪態をつきながら、はスカーフで滴る汗をサッふくとポケットに突っ込む。

最近祭りで出没するスリを、この界隈最大の夏祭りで一網打尽にするつもりなのだ。


蒸し暑い中の任務なのはさておき、特に捕縛が難しいわけでもなさそうだったのだが。


「! 動いたッ!!」


男が通行人の懐に手を伸ばした瞬間、
控えていた隊士が弾かれたように男に襲い掛かる。


「やべぇ、引け!!!」


スリ2人は裾を翻して、人混みをかき分ける。


「総悟君!そっちに行った!」
「任せろィ」


無線の連絡を受けて、裏門に控える1番隊も境内に駆け込む。


「で!?こっちにも居やがる!!」
「おい、横だ!!!」

「な、何だあんたらっっ」

遠目に正面にいる1番隊の姿を見つけ、男達は出店の中を踏み倒して方向を変える。
追いついた土方と、その後ろに

男の進む先には背の高い木が。


「うげッ、あいつら登るつもりだよ!?」
「おいおい、持久戦なんでゴメンだぞ!」
「こっの・・・!」


スチャッ、とは懐からクナイを取り出し、男の背後めがけて思い切り打ち込む。



「う゛!!うおおお!?」
「えッ!?ちょっと!!!」



・・・・打ち込んだが、バフンという音と共に、目の前の土方がいきなり姿勢を崩したのに巻き込まれ、2人とも倒れこむ。


「いっつ・・・どうしたの土方さん急に、何っ・・・ゲホッ」
「ニャア」
「いや、なァじゃなくて!!何ッ・・・・・・・・・・・・・え、ニャア?」


むせながらも舞い上がる砂埃を手で払い、地面を見ると、土方は埴輪のような格好でうつ伏せに倒れている。
スリの2人組みのうち、1人も倒れている。
クナイは命中したみたいだ。

そして、その頭の上には


「ニャ」


猫、1匹。
右目の周りは黒で、体は白の子猫だ。


「・・・・」

「・・・ニャン!!!」


呆気にとられていると、猫は何かに気づいたかのうように、チリンと鈴の音を鳴らして、神社の奥へすっ飛んで逃げる。
その方向には、もう1人のスリの後姿が見える。


「あッッ!!!ちょっと!」
「ゴフッ!?」


土方を踏んだのにも気にせず、はすかさず後を追う。



「待たんかィ、コルァァァァ!!!!」
「そうだ、待てコルァァァァ!!!!」



再び全速力。

犯人、逃げる。

猫も、逃げる。

屋台、踏み倒す。


「私から逃げられると思ってんの!?」
「もう逃がさねぇぇぇ!」
「そうよ、大人しく捕まんなさい!」
「そうだ!大人しく飼い主の元へ帰れ!!」
「そうよ!大人しく帰ッ・・いや、帰しちゃダメでしょ!何言って・・・・・・んんッ?」


足は全速力のまま、ふと違和感。


あれ、土方さん置いてこなかったっけ??私誰と話してるの?



「・・・・・」
「・・・・・」


隣の男も違和感を覚えたのか、声が止まっている。


ダダダダダと足音の速さはかわらず、チラッと左を見る。



「・・・・・」


視線が、合った。



「・・・・・」
「・・・・・」


「ぎッ・・」
「ッ・・・」



「銀時 !!??」
!!??」


2人の叫び声は綺麗に揃ってこだまする。


「ちょっと!!何でアンタがこんな所に…っていうか、何で私と一緒に走ってんのよ!」
「しょーがねーだろ!俺もこっちに用があんだよ!」


もちろん、速度は緩めない。


「いつから江戸に来てたのよ!…っと!!」
「お前こそ!つか、その隊服・・・え、嘘だろ、そういう事!?…っとお!!」


目の前の転がってるボンベやら、ゴミ箱やら、障害物を綺麗にそろって飛び越える2人。



「ああもう、話はアト!先にあいつ捕まえないと・・・」
「はっ、そうだ、俺も猫!!」


正面に顔を向けなおすと、ターゲットは神社の更に奥の暗がりに逃げ込む。


「逃がさない!」


さらに速度をあげて、額で風を切る2人。


「クソ猫!大人しく捕まりやが・・・って何で急ブレーキィィィィィィ!!!??あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「ちょっ、ちょっと!!きゃああああ!!!」
「!!!!」

いきなり走りを止めた猫を避けようとした銀時。
・・・を、避けようとした
・・2人にいきなり突っ込まれた犯人。

3人まとめて団子状態のまま、勢いよく隅の用具置き場に突っ込む。









「・・・・なんでこーなるの」
「・・・・」
「暑い!どいて!」
「おぐッ!」

用具入れの狭いロッカーに2人は見事にハマっていた。


「おまえ、久しぶりに会ったのにそれかよ。ちったあ・・・・ん?」


扉を押してみるがビクともしない。


「え、ウソだろ、マジで?マジでかおい?ウソだろ!?」


ガンガンガンと扉を思い切り殴ってみるが、動かない。

「え・・・まさか、開かない、の?」

突っ込んだ拍子に倒れたロッカー。
そのロッカーに押しつぶされて、もう1人の犯人は外で伸びているのだが、2人がそれに気づくことはできない。


「だッ・・・」

「「誰かァァァァァ!!」」


事態を飲み込んだ2人は思い切り叫ぶが返事がない。



「・・・・・・・・・・最悪だわ」


体の力が一気に抜ける。


「本当、あんたといるとロクな事ないんだけど昔から・・・!」
「いや、俺ちゃんと避けたからね。後ろから突っ込んできたのはお前だからね」
「そもそも、あの状況でいきなり止まるな!」


倒れた衝撃でロッカーの隅には穴が開いていた。
ヒュウ、と少しだけ風が入って涼しさを感じる。


「あーもう…土方さんたち、ここ見つけてくれるかな・・・」


しばらく経ったせいか、暗闇に目が慣れてきた。

慣れてきた所で、はやっと自分の状況が分かった。


「ちょ・・・・ちょっと!どこ触ってンのよ!!!」
「イテッ!!」


銀時が上、が下。
何か暑いと思ったら、狭い用具入れの中で密着状態だった。
足もまともに動かせない。


「しょーがねーだろ!どくにどけねェんだから!!」
「いやあ!!何であんたとなんか!どうせなら土方さんが良かった!土方さァァァん!!」
「土方って・・・え、何、そういう事ォ!?お前、真選組に入って・・・・・・・そういう事ォ!?」


そうだ、確かにさっき見たは真選組の隊服を着ていた。
見たことない、女性仕様のやつだ。


「・・・、お前・・・マジで真選組?」
「・・・真選組だよ」
「何でよりによって・・・お前止めとけマジで。あんな不良警察」
「ふりょ…何も知らないでそんな事言わないで」
「知ってるから言ってんだよ」


は?何で知ってるの?と、真下でが問いかけてくるが。

ていうか、その前に、そろそろ。



・・・・俺もう腕痺れて力入んねェ」
「 ! ちょ、ま」
「無理」


ドサ、と力尽きての上にのしかかる。


「ふざけろよォ!重い!」
「・・・・・」

バタバタと手足を動かしてみるが、銀時の反応はない。


「・・・っ、もう!」


も諦めて動きを止める。



リー   リー   リー



近くに虫が近寄ってきたようで、すぐ傍で鳴き声が聞こえる。

他が静かなせいか、少し動くと衣擦れの音がする。


「・・・・・」
「・・・・・・





しばらくして、銀時が口を開く。


「・・・悪かったな」
「もういいよ、迷惑なのは前からだし」
「いや、そうじゃなくてよ・・・」


銀時は言い淀む。




が、真選組に入った。

前に居た所とは、真逆の居場所。

幕府を、この時代を、護る側。



「知ってんのか。アイツら」



その一言で、には銀時が何を言おうとしているのかが分かった。


「私からは言ってない。でもきっと知ってる。伊勢の、くの一だって言ってるから」
「・・・・そうか」


わざわざ、面倒くさい方を。
誤解されやすい方を。

でも、何となく分かる。

がなぜ真選組を選んだか。



『終わったなら、仕方ない。・・・・仕方ないもの』



そう言った時の彼女の背中を思い出す。
密着した所から伝わる体の温度が妙に熱い。

互いの顔がハッキリ見えるわけじゃないのに、銀時はフイッと視線を横にずらす。



「・・・・・」
「・・・・・」


「・・・
「何よ」


「お前・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・胸デカくなった?」















「あっ!!居た居た。さんと犯人・・・・と、旦那?」


神社の隅で響く金属の破壊音。
その方向を山崎達が見つけると、銀時が宙に舞っている真っ最中だった。



「銀時・・・・アンタって人はァァァ・・・・・!!!!」



ガァン!と壊れたロッカーを踏みつけて、怒りのオーラで銀時を見下ろす



「しょーがねーだろ!!不可抗力!ずっとポヨポヨした弾力が下にあったらそりゃ」
「最ッッッッッッッ低!!!!」


バチーーーーン!と景気のいい音が炸裂。


「ちっっとも進歩してないじゃない!!!こんな何年も経って!!クズ男!死んだ魚!」
「せめて"目"はつけて!単に死んじゃってるからソレ!」




「・・・何かエラい騒ぎになってますぜ」
「え、何この状況?知り合い?さんと旦那、知り合いなの?」
「おい、とりあえず手錠かけろソレ」


追いついてみれば、何やら自分のところの隊士と、万事屋の奴がアレになっている。


伸びている犯人を確保して、今日の任務は無事完了。


「悪かった!俺が悪かった!!あ゛あ゛あ゛あ゛!!」



無事じゃないのは、クナイの雨に降られた銀時だけでしたとさッ。




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銀さん登場。
過去エピソードはまた別のお話で。