闇が深くなった頃。


・・・・・・・ザリッ・・・・・・


靴が砂利を踏みしめる音に反応したのは、そばにいた数人だった。


「誰だテメェ?」
「ここは立ち入り禁止だ、帰れッ」

片手を懐に突っ込んで、無精髭を生やした男達が睨みをきかせる。

「・・・・・・」

だがその人物は喋らない。
チラリと。
その連中を一瞥して。

「な・・・ッッ!!??」

つむじ風が砂を巻き上げたような、


一瞬の出来事だった。






















『 彼らの道を拓く者 』




















「少年漫画の見すぎじゃねーですかィ?」

荒れた廃屋のビルの中で沖田が一言。

「アジトがお綺麗でも嫌だろーが」

先程まで話していた携帯の電源を落とす土方。

「見つかりやしたか、2つ目」
「…あぁ」

爆発を予告された爆弾の2つ目が見つかった。
つい先程のことだ。

「もう後は他のやつらに任せやしょう」

足音をひそめ、ヒヤリと湿った空気の奥へ進める。

「オイオイ、電気もねェってか・・・」

割れたガラス窓から、外のオレンジ色の外灯の光がうっすらと差し込み、細長い影を作る。
壁のペンキは剥がれ、ほとんどコンクリートはむき出し。
夜露がたまりでもしたのだろうか、天井からピチャリピチャリと所々水滴が垂れ、水溜りを作っている。

「・・・・・」

不気味だ。

犯人が潜んでいるから、ではなく

「・・・何か化け物でも出そうですねぃ」
「・・・・。」

望まぬドッキリ体験をしてしまいそうで。

「あツ!!!」
「!!!!」


「あそこ、階段がありますぜ・・・・って、なに壁に貼りついてるんですかぃ、土方さん」
「いや、あの、アレだ。何か壁に怪しいものでもありそうな無さそうな」
「・・・・・。 そうですかィ、んじゃあこのまま調査を続けて下せェ。永遠に」
「待て待て待てェ!違ェ、コレはそういうんじゃねェ!本当に怪しい気配が漂ってだな・・」
「鬼の副長が聞いて呆れらぁ」
「待てっつってンだ…うおツ!?」

沖田の後を追おうとして、土方は何かに思い切りけつまずいた。

「って、何なんだこりゃ」

視線を落として、足元にあったものは。

「・・・!・・・これァどういうこった」

人が、ゴロリと転がっている。

「死んでんのか?」
「いや、気絶してるだけでさァ」

パンパンとほこりを払い土方は立ち上がり、あたりを見回す。

「オイ見ろ。そいつだけじゃないみてーだぜ」

よく見れば階段に2人、部屋の隅に1人、同じように気絶した人間が転がっている。


「暗くてよく見えねーが、多分これで全員じゃねーだろうな」
「・・・・どうやら姐さんに先越されたみてーですねィ、土方さん?」


・・・コイツ。何がそんなにおかしい。
ニヤリと口の端をあげた沖田にイラッとする土方。


「冗談じゃねェ。アジトを特定された上、手柄まで全部持ってかれてたまるか」
「向こうさんにすれば約束の件がありますからねェ」
「知るか!オラいくぞ」
「え、下の階段にするんですかィ?上はいいんですかィ?」
「じゃあテメーが行け」

サッサと階段を降り始める土方。
はぁ〜とワザとらしいため息で後を追う沖田。

わずかな電灯の明かりも届かない、真っ暗な地下階段が続く。

「視界がこの懐中電灯だけたァ、危ないねェ・・・」
「この状態で狙い撃ちされたら最悪だな」

グルリと電灯の光であたりを見回すが、切れた配線と壁以外は何もない。

「この階段、いやに長くねーですかィ?もう2階分は下がってますぜ?」
「・・・怪しい臭いプンプンだな・・・お、アレ見ろ。何かあるぞ」
「ドア、ですねェ・・・」

沖田は電灯を左に持ち替え、刀の柄に手をかける。

「・・・・」

2人はドアの両脇に立ち、中の音に耳を立てるが何も聞こえない。
念のため臨戦態勢を取る。

「・・・行くぞ・・!」

土方の小さな合図で、思い切りドアを蹴破る。
ドゴォン!とドアが派手すぎる程の音を立てると同時に、勢いよく部屋に飛び込み辺りを照らす。

「・・・これは・・・」
「何かの管制室、か・・・?」

中は意外にももぬけの空。
出迎えたのは巨大なモニターと無数のボタンがついた操作台だった。

「・・・・・チツ。これァハズレですかね」

いかにもつまらなそうな顔で辺りを見回す沖田。

「やっぱりさっきの上がりの階段にしときゃ良かったんでさァ。ただの寂れた部屋じゃ・・」
「いや、これを見ろ」

沖田の言葉を遮り、操作台に近づく土方。

「? 何ですか?」

操作台に触れ、確信する。

「寂れてなんかいねーよ。足元見てみろ。床も操作台にもホコリがねェ」
「・・・・・・。って、ことは・・・」
「・・・・・そういうこと・・・・・・・・・・だッッッ!!!」

ビュッッ!!

振り向きざまに、力いっぱい懐中電灯を投げつける。

ガツッと鈍い音を立てて、沖田の真後ろの影に命中し、崩れ落ちた。
しかし、その1体で終わるはずもなく。

「死ねェェェ!!幕府の犬どもがァァ!!」
「今ここで始末してくれる!!!」

部屋になだれこんで来た数人が刀を振り上げる。

「こいつァ、当たりでさァ!!!」

沖田の素早く抜刀した刀身が電灯を反射する。

「ここで袋叩きってわけか!?」

わずかな光の中で、金属の音と怒号が響く。

1人。

2人。

3人・・・。


風を切り、襲ってくる頭数が増える。
が、同時に床に転がる人数と、電灯の数も増えてゆく。

「ぐ、ガ・・・!」


ドサリ、と。
重い音が足元に落ちる。
斬った相手が最後の1人だったと、襲ってくる刀が無くなった所で土方はようやく気がついた。

「あらら、思ったよりアッサリめでしたねィ?」
「・・・・・・」

沖田は落ちている電灯を適当に拾い、階段の方を照らすがもう何も映らない。
今度はグイッと、足元の浪人を仰向けにする。

「・・・チ。下っ端面でさァ。起こしても大した情報は取れそうにねーな」

土方から見ても沖田と同意見だった。

「でも、油断すんな。ここにいるだけじゃ数が少なすぎる。他にも…」

そう、言いかけたところで。



「その通りだよ 土方くん」



背後から聞こえた、自分のものでも沖田のものでもない声。


「「!!!」」


「ようこそ、我がアジトへ。歓迎するよ」

低い声に、いかにも「らしい」悪党面。

「・・・・フン。テメーが頭か?」
「いかにも」

先ほどまでは何の反応もなかったモニターが青白い光を照らし出している。
頭を名乗る男はその向こうにいた。

「てっきり宝探しで時間切れになると思っていたが、なかなか優秀じゃないか。幕府の犬も…」
その言葉に渋い顔をしたのは土方。
「それァどーも」
その隣で沖田は飄々と答える。

「その程度の出迎えしかできずに済まないね。こちらも君達が来る少し前に不測の事態が起こってねェ。そちらに人員を割く他なかった」
「・・・・・・オイ」

眉間の皺を強くし、土方が口を開く

「ここに1人女が迷いこんだろう。そいつはどこだ」

は先にここに来たはず。
なのに頭は悠々とモニターの向こうにいる。


「女…?何のことだ」


ニタリ、と。
男の表情が変わった。


「鼠なら一匹迷い込んだが…そうか、あれは鼠ではなく犬だったか」
「テメ…」
「見目だけは良い犬だった故、これから楽しみだなァ…!ククッ、ハハハハッ!」


勝利を確証したのか、男の顔は醜く歪む。

「・・・チッ…!行くぞ!!」

耳障りな笑い声を背に、2人はもと来た道を走り出した。










「クククッ、慌てて行きよったわ。全く忌々しい犬どもめが、そう簡単にここへ辿りつけると」

「・・・・・・・思うわね」


2人がモニターの前から消えてすぐのこと。
まるで見計らったかのように、男の背後の闇から刃が伸びる。


「なッ、貴様ッ!!どうやってあの場所から・・!」
「あんなの、警備じゃないわねェ。ザルもいいところよ」
「このッ、幕府の犬めが!!!おッ・・・・・・・!」


ドサリ、と。


重たい荷物が床に落ちるように、男は崩れ落ちる。
攻撃されたことも気づかぬ顔で。

「こういう展開になった時点で、悪党の負けって決まっているのよ」


不敵な笑みは変わらず。

が、声の主の表情はすぐに変わる。


ザリッ、と暗い部屋に彼女の足音だけが響く。
部屋の隅。
棚に詰まれた複数の箱が見える。


「これが、予備の爆弾・・・」


その中には、昨日まで市中て見つかったものと同型の爆弾が詰まっている。


「やっぱり・・・違う。全部。・・・江戸では作れないはずのものだわ・・・」


一つを手に取る。
ヒヤリと冷たく、ズシリと手に重たい。


「・・・あんたの、差し金なの・・・?」


脳裏によぎる、男の顔。

それを思う彼女の表情はいつになく暗い。



「馬鹿野郎・・・・」


そのつぶやきを聞く者は、いない。














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あいつですよ、あいつ。