「やっぱり、この紐が一番髪を結いやすいのよねー。ありがと、オバちゃん」

江戸のとある服飾店。
一人の客が髪をまとめる紐を買いにきていた。

「いいのよこれ位のオマケ。いつもひいきにしてくれてるんだから」
「ふふッ。じゃあ今度足袋も買いにくるわ」
「そうしとくれ。・・・・・・・・にしてもちゃん、なんだか機嫌がいいわねェ。いいことでもあった?」

店員のその言葉に、嬉しそうに微笑む。

「・・・ええ!真撰組に入隊できそうなの」

声を弾ませその客は答えると、明るい外へと踏み出した。





















『 背中を押したその青は 』





















「できるんですかねェ・・・・」

壁にかけられたカレンダー。
シンプルで何も書き込まれていないそれの、ある日にドでかく赤で丸がつけてある。
目に刺すようなその赤を見ながら途方に暮れた声を出すのは、真撰組監察の山崎である。

「出来る出来ないじゃねェ。やるんだ。お前もボサッとしてねえでさっさと情報集めて来い」

あいつに先こされたらどうすんだ、と土方はイラついた様子で懐からダバコを取り出した。

「副長ォ、そういっても肝心の情報網がこれじゃァ・・・・それに、そこまで警戒しなくても。気持ちは分かりますけど・・・」
「ハ。見ず知らずの、ワケの分からん、おまけに胡散クセェ女を入隊なんぞさせられるか」
「でも、くの一の総長だったんでしょ?話が本当なら腕は立ちますよ」
「本当なら、な」

トン、と指先で煙草の箱をはじいて1本口に咥える。

「近藤さんのお人よしも困ったモンだ。何でああも警戒心がねーんだ?」

シュボ、という音と共に小さなマヨネーズの先から火が吐き出される。
同時に漂いはじめる独特の香り。

山崎は開かれた客室の障子を見やる。
昨日、彼女が笑みを残して去っていった障子を。

「あのォ〜副長?これは俺の勘なんですけど、彼女・・」

山崎の言葉はそこで遮られた。
デスクの上に置いてあった無線が、受信音を出し始めたからだ。

「・・・・・・何だ」
土方は山崎を一瞥した後、無線のスイッチを入れた。
その向こうにいるのは。


「土方さん?です。どうです、そちらの様子は?」


どこか弾む、彼女   の声。


「・・・・・・・」


・・・コイツ・・・。

土方はそう思った。

(そんなに面白いか、俺達がアタフタしているこの状況が)

正直良い気分はしない。


「・・・随分楽しそうだなァ?今日入れてもタイムリミットまで2日だぞ。余裕なこった」
「ええ。ご心配なく。私今まで試験に落ちたことってないですから。・・・中間も期末も実力も」

土方の嫌味にも応じず、否、ある意味応じて受け流したのか。
彼女は淡々としたもので。

「・・・・・・・」

土方はカレンダーの大袈裟な赤丸を睨みつけ、紫煙を吐き出した。

「・・・・何がおかしい」

が、向こうから微かに聞こえたクスクスという忍び笑いに視線を無線に戻す。


「いいですよ?」
「あ?」
「どうぞ、好きなだけ疑ってください。私も中途半端な信用を得ようとは思っていないですし・・・」
「言われなくてもそうしてる」
「・・・フフ、土方さんらしい」

(会ったばかりで、「らしい」もクソも分かるもんか)


彼女に投げかける言葉も、柳に風のような気がしてアホらしくなってくる土方。

「まァとにかく。私としては」

彼女は続けた。


「あの約束さえ守ってもらえれば、今はそれでいいです」


なぜだろう。
の顔は見えない。
見えないが、無線の向こうで彼女の口が弓のように弧を描いているような気がした。


「約束ですよ?犯人を私が捕まえられたら入隊させてくれる、って」


その顔が頭をよぎって。

不思議と苛ついた気分は消えていた。





「・・・・・・副長。俺は正直、これでもいいと思います」

ポンと土方の手によりデスクへ放られた無線機を見ながら山崎は呟く。
約束の確認。
彼女の目的はそれだったようで、すぐに無線は切れた。

「フン。まァいい。今は事を起こさねーのが先決だ」

土方が刀を引き寄せて立ち上がると、鍔がチャキリと音を立てた。

「怪しい奴を徹底的に洗い出す。・・・・包囲網も敷く」
「ッえ!?ど、どこに?」

廊下を歩き出す土方のあとを慌ててついていく山崎。

「んなのァ勘だ」
「か、勘って・・・・そんな情報もなしに闇雲にするんですか?」

その言葉にピタリと足を止め、振り返る土方。

「・・・だから、その情報を集めるのが、お前の仕事だろうがァァァァ!!!」
「ヒイぃぃぃぃ!そ、そうでした!今集めてきますゥゥゥゥゥ!!」

土方の怒鳴り声に、脱兎の如く逃げ出す山崎。

「・・・ったく」

その方向をを睨む視線を、土方は少しずらした。


青い空にそびえる江戸の象徴、ターミナルへ。


「・・・・全く、面倒なことになりやがった」

お上に届いた脅迫状のことも。
あのやたらと強烈な印象を残す、くの一のことも。


きっと今頃、あの女の頭上にも広がっているだろう空を、土方は一瞥してから歩き出した。



















天候は晴れ。

風は南南東。

気温は約23度。


仕事をするには、まさに最高の日だ。





「・・・フフ・・・今頃土方さんもこの景色のどこかにいるわよねェ」

白い肌に浮かぶ桃色の唇が、向かってくる風に呟く。

眼下には江戸の町並み、頭上にはどこまでも続く青空。
いささか急ぎ足で雲が流れていくのは、上空の風が強いからだろう。

彼女が手に持つ紙へ視線を落とせば、長い睫毛が伏せられるが今はソレを見れる者はいない。
ここは江戸でも5本の指に入る高層ビルの上なのだから。

【幕府、及びその関係者は、本日より3日以内に国内の天人全てを母星へ帰還せしめること】

カサカサと風になびく紙には、無機質な文字でそう書かれている。


・・・ピリ。

ピリピリピリ。


彼女の指が、紙を綺麗に裂いてゆく。

「・・・・・私が狙った以上、もくろみは潰れたも同然ですよ?テロリストさん・・・」

紙はみるみるうちに細かくなる。

「色々調べたけれど、同情の余地はなさそう・・・・となれば」

そして、それは。

「この国と、真撰組と・・・・そして私の夢のために、捕まってもらいましょう」

バラバラと青い空へ舞い散っていった。
まるで、花吹雪のように。

「・・・・・・」

その様子を、彼女はどこか愛しそうに、そして寂しそうに見送り。
天を仰いだ。
胸の前で、拳を握り。


「・・・・・ありがとう、みんな。・・・・・・・・みんなが、引き合わせてくれたんだって、思っていいよね・・・」


目に映るのは、ただ変わらぬ空1つ。
何かを思い出すかのように、彼女は瞳を伏せた。


「そして・・・・ありがとう、神様」


けれど。


「私に」


次に、空を映した彼女の顔は。


「最高のチャンスをくれて・・・・!」





他には負けぬ、不敵な笑みを浮かべていた。










































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1つにするには長そうなので続きます。