ザワザワ ザワザワ

ここは江戸にあるとある神社。
都会の中にあって緑の多いこの場所は江戸に住む人たちの憩いの場。
心地のいい風、賑やかな声。


もしも会えなかったら、なんて考えたくもないな。

これは、あの時この場所から始まった、私とあの人たちとの物語。


























『 般若の面は微笑んだ : 前 』




















「……おい、おい総悟!!」
「………」
「狸寝入りしたってバレバレなんだよこのヤロぉぉ!!」

ドカッ!!!

対テロ用特別警察真撰組屯所。今日も変わらずいつもの風景が繰り返される。

珍妙なアイマスクをつけて昼寝をする青年に上司らしき人物がケリを一発。

………くらわせた様に見えたのだが。


「危ねェなァ土方さん。可愛い部下になんてことするんですかィ」
「どこが『可愛い』だ!!お前に可愛さなんて全然、全く、これっぽっちも感じねェよ!!」
ケリを交わされ余計に苛立つのか、その人物は余計に瞳孔を開かせる。
「たかが昼寝くらいでガタガタ言って…そのうちハゲますぜ?」
「うるせェよ!誰のせいだと思ってる!」

見回りの時間が近くなると必ずサボろうとする真撰組1番隊隊長の沖田総悟と、それに毎回手を焼く副長の土方十四郎。


そして。


「毎回毎回同じことやっててよく飽きませんねェ…あの2人」
「なーに、あれがあの2人のコミュニケーション方法なんだよ。喧嘩する程仲がいい!結構な事じゃないか!!」
「そう……ですかねェ」


沖田と土方のやりとりを見て苦笑を浮かべる監察方の山崎と、それを見守る局長の近藤。
この風景にすっかり慣れっこの真撰組面子に、喧嘩を止める者は誰もいない。
この喧嘩の結末も結局いつも同じ。ぶつくさ言いながらも2人は市中見回りに出かけていく。


「全く、どうせ見回ったって何も起きやしませんぜ。あってもせいぜい浪人同士の小競り合いじゃないですかィ」
「テメー仕事舐めんじゃねェよ。こうしてる間にもどこでテロリストが動いてるのか分かんねェんだよ」
「……ヘイヘイ」

確かに沖田の言う様に、このところ平和な日が続いている。
この間江戸で開かれた祭りでテロが起こったが、それも結局おさまり、それ以来市中の警備が強化された。
そのせいで攘夷派も動きにくいのか、ここ数ヶ月間何も起こってはいない。

・・・・そう、『この日まで』は。
テロこそ起こらなかったが、この日2人に妙な出会いがあると誰が予測できただろうか。





2人が丁度見回りルートの中間にあたる神社にさしかかった時のことだった。


「……ん?何だ?」
「どうしやした土方さん。遂に髪が抜けてきやしたか。」
「誰がだボケェェェ!!微妙にネタ引っ張ってんじゃねェよ!!」


神社の中を通ってきた人間の表情がおかしい。
何か奇妙なものを見てしまったという様な顔をしている。


「おい、行くぞ」
「へいよ」

状況を見るに大事ではなさそうだが、万が一に備えて気を引き締め、神社の鳥居をくぐる。
すると。


「!?!?」


目の前からズンズンと足早に向かってくる人影。


(こいつだ。明らかにこいつが原因だ…!!)


神社を通る人間は全員その人影をよけて通っている。
それもそのはず。その人物は真っ白な布で頭と体を隠し、顔に禍々しい般若の面。
「・・・・・・・」
怪しい。明らかに怪しい。

固まっている土方と沖田の横を、その警察の制服を気にとめる様子もなくその人(?)は通り過ぎようとした…
…ところで、ハッと意識を取り戻し、慌てて声をかける土方。


「おいおいおい!ちょッ、待てそこの!オイ、そこの不審人物!!」


最初自分のことだと気づかなかったのか、数歩歩いたところでハタと足を止め、こちらを振り向く。


「……ハイ?」

発せられた声は予想外というか、いや、面を見ればある意味予想通りというか。
機械的で、野太い声をしている。


「…ボイスチェンジャーですかィ」
「あ、分かりますか」
「…分からいでか」

こんな声の人間がいるか。

顔をひくつかせて突っ込む土方。
一体何なんだこのお騒がせ男は。見るからに怪しい格好しやがって。


「お前、ちょっと話を聞かせ・・・」
「怪しい者じゃありません」
「……明らかに怪しいですぜ?」
「見た目で判断する気ですか」
「その姿で常識人っぽいこと言っても全然説得力ねーよ」
「そうですか。それでは」
不審人物は立ち去ろうとするが、土方は慌てて行く手を阻む。
「オイぃぃぃぃ!!何さりげなく逃げようとしてンだ、コノヤロぉぉぉぉ!!」
「こう見えて急いでいるのです!!」
「その野太い声で怒鳴るな!怖ェーだろうが!!つーかその面を取れ!話がうまくできん!!」


こんなワケのわからない人物と話したくはないが、これも仕事のうち。
このままこの不審人物を帰すわけにはいかない。


「面を、ですか」
「そうだ」
「できません」

キッパリはっきり断る不審人物。

「…あ゛あ゛!?」
「何でダメなんですかィ?」


即答された答えに青筋を立てる土方をさえぎり沖田が口を出す。


「これを外すと目立つからです」
「「は?」」
「だから!!この面を外すと目立つし、それに捕まるんですよ!!」
「いやいやいや!!おかしいだろソレ!!そんなカッコの方が目立つわボケェ!つーか、捕まるって、お前まさかお尋ねも・・・」
「ああッ、大変!もーそろそろヤバイ!逃げる!逃げますから!じゃあ!!」

土方のセリフを遮ってそう叫び、相手は急に身を翻し走り出そうとする。
冗談じゃない。『捕まる』だなんて言葉を聞いてこのまま逃がせるわけがない。
慌てて腕をつかもうとする………が。


ヒュッ


土方の手は空をつかむ。


「……!!」
「お巡りさん、ごめんなさい。本当にそろそろ行かなければならないので」


確かに目の前にいたはずなのに、今は真後ろからボイスチェンジャー越しの声が聞こえる。


「………ッ!逃がすか!!」


土方はとっさに刀を抜き、振り下ろす。



ガキィィィィン!!!!



相手は隠し持っていたのか、太刀で土方の刀を止めて、そのまま払う。


「お前只者じゃねェな…ますます怪しい…ぜッ!!!!」


仮にも真撰組の副長。一度振り払われたくらいでお仕舞いにはならない。
そのまま捕らえようと再び斬りかかる。

(…とは言っても犯罪者と決まったわけでもねェしな…できれば無傷で捕らえてェところだが…)

相手も相当の手だれの様だ。向かっていっても紙一重でかわされる。


「あのォー!ちょッ、待っ…!!怪しくないって言ってんじゃ……!!つか、こんな動きにくいカッコしてる相手に斬りかかるなんてっ…!!」
「だったら大人しく面とって、取調べを受けろや…!!」

2人の激しい攻防が続く。

「だぁ〜から!!ダメだって言ってるじゃないですかぁぁぁ!!」


よく受け流す割に向こうから全く仕掛けてこないのは、やはり本人が言うように動きにくいあの格好が原因か。恐らく面で視界も悪いはず。

・・・と丁度考えた瞬間だった。


「・・・って、ちょっと、わわ!!」


相手が己の纏っていた布に足を取られ、一瞬バランスを崩す。


「!!!」


その一瞬を見逃す程土方は鈍くない。
刀を放り、とっさに後ろに回り込んで腕をつかみ、体の向きをこちらに変えて、そのまま勢いよく地面に押さえ付けた。


「きゃん!!」


ガシャン!!カラカラ・・・



太刀と面は押さえ付けられた衝撃で外れ、砂利の地面からホコリが舞う。
そのせいで相手の顔は見えないが、間違いなく捕らえた。
…………が。


「いっ・・・たたァ〜・・・兄さん無茶するねぇ〜・・・」
「・・・っ!?!?」



ホコリの中から聞こえた、ボイスチェンジャー無しの声に耳を疑う。


(まさか・・・まさか・・・!!!)


ホコリが収まり、浮かんできた相手の顔に、驚愕、させられた。




「おっ、おっ…………






女ァァァ!!??」



土方だけでなく、戦いを呑気に傍観していた沖田まで予想外の展開に言葉を詰まらせる。

「なっ、なっ、ななな・・・!」


女は観念したようにため息をついた。

「・・・あ〜あ。仕方ないとは言えまさか負けるとはなぁ〜。でもま、男はこれくらい勢いがあった方が素敵ってモンよねv」



道に敷いてあった砂利がクッションになったのか、女に怪我はないようだ。


女がなぜこんな格好で。

なぜあれほど動けるのか。


沸き上がる疑問と動揺に土方は完全に硬直してしまっている。
無理もない。本人は相手が男だと思って戦っていたのだから。

混乱も甚だしい土方を女は少しの間見つめて、しばらくすると口を開いた。



「・・・・・・・・・・・・・・・あの・・・男前なお兄さん?このままの体勢で取り調べですか?」

その言葉にハッとする土方。

「土方さん、こんな所で女性を押し倒すなんざマナー違反ですぜ。」
「・・・・・っ!」


慌てて身を起こすと


「あっ!!!コラ待ちやがれ!!!」
「ごめんなさいね〜。男前のお兄さん。でも私もう行かなくちゃ」


女は一瞬の隙をついて、気がつけば木の上。
一体この跳躍力は何なのか。並の人間に出来ることではない。


「てめっ・・・!」

再び青筋を立てて怒鳴りつけようとした瞬間。

「いたぞぉ!!あそこだ、あそこ!!」
「・・・げ!!!もォ〜しつこいなぁ〜!!」

遠くから花束やらドでかいプレゼントやらを持った男共がこちらへ猛突進してくるのが見えた。
それを見て心底うざったそうな表情の女。


「じゃあ私はこれで!!」
「おい待て!!まだ話は終わって・・・!!」
「理由はどうあれ勝負は勝負。負けたものは仕方がないわ。取り調べは受けてあげる」


そう言うと女は隣の木へ飛び移り、逃げの体勢。
顔だけこちらに向け、ニッコリ笑って


「近い内にこちらから参ります。真選組副長、土方さん」

「!!!   な、何で名前・・・!!!」

「それでは、また会いましょうv」


少し悪戯めいた、しかし嫌味のない笑みを残し、女はそのまま去って行った。













これが、この日あった奇妙な出会い。


土方がこの女に散々振り回されるようになるのは、もう少し後のこと。




























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とっても長くなりそうな予感の連載です。
この連載は単純に恋愛というよりも、ヒロインさんの世界的なものを描こうとしてますので
どうしても長めでまわりくどい感じになりそう。
いずれ攘夷派の皆さんも出てくる予定です。
色んなキャラとエピソードや関わり合い合いを描けたらいいなと思ってます。