薄暗くて狭い、路地裏のような場所で。 顔の両側に手をつかれて、逃げられない。 「・・・・」 私を捉えた鋭い眼差しが、通りからわずかに注いだ光でゆらぐのが見えた。 「ひじかた、さ・・・・」 ゆっくりと、けれど確実に近づく互いの息遣い。 不安と期待が入り混じって、頭がクラクラする。 「だ、め・・・待って・・・」 彼の唇のぬくもりを感じた刹那。 タバコの匂いが、鼻腔をかすめた様な気が、した。 「・・・・・・・ッ、あ・・・ダ・・」 「・・・・・・」 霞ががかる意識は、そのまま体の熱に呑み込まれていった。 『夢の摩訶不思議』 「ッッッ !?!?」 ガバッ!!!! もの凄い勢いで布団を蹴飛ばせば、そこは自分の部屋だった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハァ、ハァ・・・・・・・・・・・・・ゆ、め・・・・・・?」 目覚めると、寝巻きは汗で湿っていて、朝だというのにズクズク心臓が動いていて。 「・・・・ウソ・・・・夢・・・・?今の・・・・マジで・・・・?」 今の、土方さんの夢・・・・・土方さんの・・・そう、えっと・・ (何か路地裏みたいなところで、それでそれで・・・・土方さんが私、の・・・) 「〜〜〜ッ・・・!!」 思い返して、顔を真っ赤にする。 (ウソでしょ・・・・!?) 誰が見ているわけでもないが、あまりの恥ずかしさに顔を手で覆い、俯く。 あんな夢を、見てしまうなんて。 夢には自分の押さえ込んだ願望が出てくると聞いたことがある。 (そんな・・・!私、私、あんなこと・・・・) 望んだ覚えなんてない。 付き合って1ヶ月。今、とても幸せで、他に望むものなんて。 (でも、あれが深層心理、なの・・・?) そんなこと、絶対認めたくない。 (そうだ、違う。違うよ!アレはもっと別の何かを暗示してるだけで願望とかそんなんじゃ!) 気まずい気分を振り切るかのように頭を振る。 「・・・・・アレッ!?」 その時視界の端に時計を捕らえて。 「・・・・・・・・・・・・・・・・、ウソォォォォォォ!!??」 の絶叫が部屋にこだました。 「んじゃ、それ全部お願いしやすね」 「え!?ちょ、これ全部!?なッ・・・」 「じゃ俺ァこれで〜」 「ちょ、沖田隊長ォォ!おきたッ・・・!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うう、酷い・・・」 目の前にデーンと積まれた書類。 これ全部1人で処理しなきゃならなくなった。 「そりゃ、早番なのに遅刻したのは悪かったけど・・・こんな・・・酷いや沖田隊長〜」 メソメソいじけながらも、ひたすらペンを走らせる。 (それもこれも、全部土方さんが・・・いや、私がだけど・・・でも悪いのは夢の土方さんで・・・) 頭クラクラしてくるよこの量。 部屋にこもってひたすらカリカリ。 カリカリカリ・・・・ 「この修正液借りるぞ」 「カリる?ええそうですよ、どうせ書類カリカリですよ。カリってますよ、今風な活用をすると「カリる」です」 「・・・・・昔でも借りるって言葉はあったと思うがな・・・よし、こんなもんだろ」 「何言ってるんですか。こんなふざけた活用が昔にあるわけないでしょ、ていうかこんなもん!?この量が妥当だと言うんですか、たった10分の遅刻でこの仕打ちが妥当だと!?妥当だとう!?なんちゃってね!!」 半ばヤケクソで、力任せにペンを振るう。 ガリ!ガリ!ガリガリガリ!!! その勢いたるや、ペン先から火花が散るかのごとく。 「いや、全然うまくないんだけど・・・・ていうか遅刻したのかお前」 「しましたよ!?ええ、しましたよ!寝坊しましてね!」 「夜は早く寝ろよ」 「寝てますよ!!今日はたまたま夢見がわるッ・・・・・・・・・・」 勢いつけてバッと振り向き、目の前にあった顔に 「!!??」 ズザッと思い切り後ずさり、机にぶつかった衝撃で書類が数枚飛び散った。 「ひひッ、ひひひひ・・・」 「何その気持ち悪い笑い方」 「笑ってません!」 バン、と畳を叩く。 「・・・・・・・・・で、何か御用ですか」 少しいじけたような顔で姿勢を正し、散らばった書類を片しながら問う。 「ああ、修正液を借りに来たのと、あと見回りの時間だ」 「え、あ、そうですね。じゃあまず、はい修正え・・」 「いや、それはもう借りたろが。さっき」 「・・・・・・・・・・・・・・・そすか」 覚えてねェよ、と思わず頭の中で突っ込む。 「ホラ、もう見回りいくぞ」 立つのを促すように手が差し出される。 「・・・・・・・・・・・・」 その手をはジッと見た。 『・・・・・・・』 あの時、顔の両側につかれた手。 逃げられない腕の中。 (・・・・・・・ッ!) 朝見た夢を思い出して、顔がイッキに熱くなる。 「・・・・・・・ッは、早く行きましょう!?」 土方の手は取らず、バッと立ち上がりスタスタと廊下に出る。 カッコ悪いことに微妙に声が裏返った。 が、そんな事気にする余裕もないほど心の中は動揺していた。 大通りの雑踏の中、土方と並んで歩く。 いつもなら嬉しいはずの見回りだが、今日はとても居心地が悪い。 あの夢のせいで。 (・・・・・・) チラ、と気付かれないように土方の横顔を見上げる。 が、すぐに顔を赤くして地面に視線を落としてしまう。 (バレてないかな?バレてないよね、私があんな夢見たこと) 舞い上がってあらぬことを口走ってやしないかヒヤヒヤする。 もしもあの夢の内容がバレたら。 (ぬごォォ・・!止めてェ!ダメダメダメ!無理!死ぬ!恥ずかしさで人は死ねるぞォォ!) ますます顔を真っ赤にする。 そんなに顔を赤くしている方がよっぽど怪しいのだが、今の彼女はそんな事には気付いていない。 だが至って冷静な土方は気付いていた。 ・・・・ジャリッ・・・・・ 自分達を見つめる、殺気をおびた複数の視線に。 「・・・・・」 「・・・・は、はひ!?」 いきなり名前を呼ばれビクリと体をはねさせる。 「・・・走るぞ」 「えッ!?ちょ、うおぉお!?」 土方はの手首を掴むやいなや、全速力で走りだした。 「チッ!」 「追えッ!!」 後ろから抜き身の刀を持った男達が、それまで隠れていた物陰からいっせいに出て2人を追い始めた。 「ちょちょちょ、土方さんどうしたんです!?」 「こりゃあ、ちっとばかし数で不利だな」 「え?数って・・・」 土方の言葉にチラッと視線を横に外せば、攘夷浪士らしき男達がそこかしこにいる。 もしかして、囲まれてる・・・!? 「このまま逃げるぞ!」 「・・・・ッ、はい!」 走る速度をイッキにあげる2人。 込み合う人の間をすり抜けて、細い路地が入り組む人気のない場所まで一直線。 「、向こうだ!」 その路地に土方はを引き込む。 「・・・・・・・ッ、ハァ、ハァ、土方さんコレ、携帯で山崎さんに連絡をした方が・・・」 「・・・しっ、黙ってろ」 鋭い視線を通りに送りながら土方は耳をそばだてる。 と、向こうから浪士達の怒声と足音が近づいてくる。 (・・・・ッ、見つかる・・・!?) 女とはいえも真撰組隊士。 その気になれば浪士の1人や2人相手にできるが、今回はあまりに向こうの数が多すぎる。 見つかるかも知れないという不安と緊張に表情が強張る。 「・・・・、こっちだ」 土方はの手を掴みさらに奥の路地に入っていく。 奥に入るほど強くなる湿気とカビ臭さには少し顔をゆがめた。 「オイ、見つけたか!」 「野郎ォドコ逃げやがった!」 遠くからガラの悪い声がハッキリと聞き取れる。 暗い路地にみなぎる緊迫感。 (もう、ダメかも・・・!見つかる・・・!) ドクドクと煩い心臓の音をおさえ、は覚悟を決めて刀の柄をグッと握る。 が、 「・・・やめろ。殺気を消して息を潜めとけ」 土方の手が上からの手を押さえた。 「でも土方さん・・・!」 「この路地なら逃げ切れる確率の方が高い。ンなに殺気をみなぎらせたら逃げられるモンも逃げられねェ」 その時、向こうから怒声が聞こえてきた。 「オイ、向こう見てこい!!」 大きな声と足音が明らかにこちらへ近づいてくる。 緊張にが体を硬くした瞬間だった。 (・・・・・・ッッ!?) 「ちょ、ひじかっ・・・!!??」 いきなり自分がおかれた状況に目を白黒させる。 「静かにしてろ・・・・」 吐息まじりの低い声が耳の奥を撫でる。 狭く暗い路地で、自分をかばう様に抱くソレは、紛れも無く土方の腕で。 「見つかったか!?」 すぐ傍で聞こえた声に、土方はさらにギュッと腕に力を込めた。 そのせいで更に互いの体が密着する。 (ヒ!!ちょちょちょ、マジ待っ・・・・!ダっ・・ヤメ・・・!) あまりの急なことに半ばパニックを起こす。 厚い隊服の生地にも関わらず、じんわりと伝わってくる体温。 路地が狭いせいで、こすれるお互いの腿の感触が妙にリアルで、生々しくて。 (・・・や、ヤバ・・・・あ、頭が・・・足が・・・) 見つかるかもしれないという緊張と、彼の腕の中にいるという緊張がタッグを組んでを襲っている。 体中の血が頭と頬に集まってきているようで、ズクズクと心臓が脈打つ度に体の熱が上がっていく。 その熱さにはついに、 (も、もうダメ・・・・!!) 思考回路をショートさせたのだった。 「・・・・・・・・・・・・行ったか。、急いで山崎に・・・」 足音が遠のいて数分。 浪士がいなくなったのを確認して、土方は腕の力を抜いた。 「うおっ!ちょ、オイッ!?」 が、抜いた瞬間にの体が崩れ落ちそうになったので土方は再びを抱きかかえた。 「オイ!どうした!」 「・・・もうダメ・・・」 「え、何が!?あいつらならもう行ったぞ!?」 「もう手も足もガクガクで、生まれたての子ヤギが死にたての・・・」 「子馬だろ・・!つかオイ、本当にどうした!?」 腕の中でグッタリする恋人の姿に慌てる土方。 揺さぶってみるが、完全にのぼせあがったの体はクニャンと力が抜けたままだった。 「・・・・・おいおい、何だっつーんだよ?どーしろっつーの?」 ワケが分からないものの、どうしようもないのでそのままズルズルと彼女を抱きかかえたまま座り込む土方。 懐から携帯を取り出し、ボタンを押した。 ピピピ、ピピピ・・・ 「・・・・・・・山崎か?俺だ。歌舞伎町3丁目で襲撃にあった。すぐに情報集めてくれ。 ・・・あ?俺はもう少しここで様子を見て帰る。ああ。・・・じゃあ頼んだぞ」 カチッ 「・・・・・あの、土方さん、私はいいですから先に屯所に戻って下さい」 申し訳なさそうにそう申し出る。 「あん?何言ってんだよ、もしここで浪士がまた戻ってきたらどうする」 困った顔でを見下ろす土方。 「う・・・あ、いやだからこれはその・・・」 (ああ・・・あぁあ・・何この胸のズキズキ・・!すいません土方さん、違うんですこれは怖くて腰が抜けたとか怪我したとかじゃなくて、夢が、夢が・・・!) 情けないことに、本当に足にも腰にもうまく力が入らない。 しかしまさか 「夢を思い出してのぼせました」 (・・・なんて言えるわけないしィィィィ!) 仕事中に夢を思い出して腰が抜けるなんて隊士として、っていうか人として、女としてどうなの私! カッコ悪くて言えるわけないし、そもそも 「へェ・・・どんな夢見たンだ?」 (・・・とか聞かれたら即アウトだしィィィ!) 「そうだな、もうアウトだな」 「止めて下さい、アウトとか言うの!まだ大丈夫なんです! 私、これでも頑張って変なこと口走らないよう注意して・・・」 「注意したけどダメだった、と」 「ダメじゃないです!私ちゃんと、ちゃんッ・・・・」 勢いに任せ顔を上げれば、そこには当然 「・・・・ちゃんと?」 土方の顔。 「!!」 ズザッと上半身をのけぞらせる。 が、屯所と違い、狭い路地の中なので大して距離は広がらない。 「ひひッ、ひひひひ・・・」 「何、またその気持ち悪い笑い方」 「だから!笑ってませんてば!!」 喰ってかかったものの、その目で見つめられて。 「・・・・・っ・・」 いたたまれなくなって段々と赤くなる頬。 段々と、たれてゆく頭。 「・・・・・・・・・あの」 「うん?」 「私、どこ、から・・・」 「さぁて、どこからだろうな?」 クックッと抑えた笑い声と一緒に、そっと土方の手がの頭を撫でる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ち、違うん、です・・」 「違う?」 はおずおずと言い訳のために口を開く。 「あの・・・・別に、本当に、迫られたのは願望の表れとかそういうんじゃな・・・」 「へェ、迫られたのか?夢で。俺に?」 しかし言い訳は、墓穴だった。 「・・・・・・・・」 ズル。 ズルズルズル・・・ 「おいおい、ちょっと待てドコ行く気だ?」 「いやぁ!止めないで下さい!誤解しないでください!違うんです!違うんですー!!」 後ずさる彼女の足首を捕まえると、今度は最後の足掻きとばかりに暴れだす。 「ホントに!ホントに違うんです!確かに あっちょっとカッコイイな とか思ったけど・・」 「思ったのか」 「はい・・あっ違・・・!いや違わないけど、あのっいや今の違うはそーいう違うじゃなくて!あのあの・・・」 「、落ち着け。パンツ見えてるぞ」 「いやァァァ!!」 「あっ、オイちょっと待て、冗談だよ!お前中にズボンはいてンの自分で忘れてんのか!?」 女性隊士特注のスカートを押さえながら、違うんです違うんですと必死に声を上げる。 その顔は耳まで真っ赤で、恥ずかしさのあまり半泣き状態になっている。 「マテマテマテ!落ち着け!分かった、分かったから!」 「私っ・・・!私ホントに違・・!何であんなん見たのか自分でも分かんなっ・・・!」 「あーあー。分かってるって、ハイ、ほら落ち着け。ドードー」 「ううっ・・・何ですか人を馬扱いしてー・・・じゃじゃ馬だって言いたいんですかァ〜!」 「違う違う。いーから落ち着けっての、ホラ。お前にンな顔されたらどうすりゃいいか分かんねーだろうが」 離れようとしていた彼女を傍に引き戻し、なんとかをなだめる土方。 「全く・・・もしかして、今朝から様子がおかしかったのはこのせいか?」 「おかしくなんか・・・」 「あれだけチラチラ見られて気付かないと思ってるのか?」 言いながらの額を軽く小突く。 多分あれでも気付かれてないと思っていたのだろう。 気まずそうに視線を外す彼女が妙に可愛い。 と、ふと土方にある考えが浮かんだ。 (・・・そうか・・・) 「・・・・・・・、お前の見た夢はな、」 「違います」 「オイ、最後まで聞け。だから、お前の見たそれはな・・・」 「・・・それは・・・?」 若干不安そうな潤んだ瞳が見上げてきて、土方はますます自分の説を通したくなった。 「・・・それは・・・・・・・・・予知夢だ」 「予知、て・・・・・?」 そっと自分の頬に触れてくる土方の指先。 「・・・・っ・・!?」 驚いて視線を戻せば、彼の瞳が真っ直ぐに自分を見ていた。 その鋭いけれど優しい視線は夢で見たソレと同じで。 「予知夢ってのは未来に起こることを見る夢のことだ」 「そんなこと・・・あるわけないよ・・・」 否定しても、あまりにそれは酷似していて。 抑えようとしても、声が震える。 「・・・じゃあ、言ってみ?どんな夢だったのか」 段々と近づく息遣いも、あの時のもの。 「どんな、場所だった・・・?」 間近で目を見据えられて。 指先で髪を梳かれる感覚に、の頬が再び熱くなった。 「・・・せ、せま、くて・・」 「狭いな」 「・・・薄・・暗くて」 「ここも薄暗いな」 「ちょ、土方さん・・・」 聞きながらも、額、目元、頬と優しく落とされるキス。 「・・・・・で、?夢の中の俺は、お前を満足させてやったか・・・?」 「・・・・ッ・・・」 唇と唇が触れ合いそうなギリギリの距離で囁かれて、 不安と期待が入り混じって頭がクラクラする。 「ひじ、かたさ・・・」 夢よりも本当の貴方がいい。 もっと もっと 愛して? あの時よりも。 「・・ン・・」 彼の唇のぬくもりを感じた刹那。 タバコの匂いが鼻腔をかすめた様な気が、した。 「・・・・・・・ッ、あ・・・ダ・・」 「・・・・・・」 目に入る光景も、 体の熱も、 あの時と似ているなァ、なんて。 「・・・・・ッあ、ン・・・・!」 崩れ落ちる意識の片隅でボンヤリ思った。 ******************************* 仕事は?(笑) |