『 夕暮れ 』 「あ、赤トンボ」 ススキが風になびく川原。目の前をツイ・ツイと赤トンボが飛んで行く。 もうすぐ夕暮れ。 と土方はこの川原を2人歩いて散歩をしていた。 土方さんと一緒に歩くのは嬉しい。 さり気なく歩調を合わせてくれるところとか、時々話す時の優しい声とか。 時折、風にのって鼻をかすめる煙草の匂いとか。 隣にいるだけで、すごく、月並みな言葉だけど、すごく幸せ。 でも。 「・・・・・・?」 隣を歩く土方の腕にギュッとつかまる。 下を向いて、真正面にある夕日が見えないように。 夕暮れの時間は、特別な時間。街を包む空気が変わる。 『また明日なー』と子供達の声、どこからともなく夕餉の香り。 お豆腐屋さんのラッパの音。 1日が、終わる。 サラサラ流れる川はいつの間にか真っ赤になってキラキラ光り、どこを見ても世界は赤く染まってる。 流れる雲も、向こうに見える山も、街の建物も、風も、木も、貴方も、私も。 2人の陰は後ろに長く伸びる。 ザッ、ザッ、ザッ、と土方の足音だけが聞こえるように、他の音にはわざと心を塞ぐ。 他のものなど見えないように、わざと土方の靴先だけを見る。 けれど、目に映るその靴も、2人が歩く道さえも夕日に照らされて 赤の光が嫌でも目に映るのものだから、どうしようもない。 夕暮れは、嫌い。 日が落ちれば今日が終わる。 夕暮れになると 『終わっていく時間』 が見える。 時間は流れる。世の中の形を変えながら。 さっき2人で決めた一週間後。 また会おうって。秋祭りに遊びに行こうって。 その日もきっと同じように夕日が見える。きっと貴方は隣にいて、私に笑いかけるんだ。 私はお祭りに行くと、ついついはしゃいじゃって、色々屋台で買い込むから 両手イッパイに食べ物とか、お土産を抱えてる私を見て、土方さんは「そんなに買ってどうすんだよ」って苦笑いする。 「土方さんとお祭りに行けた記念」 って私は答えて、 それ見て貴方はまた笑う。 また来年も一緒に来ようね、ってきっと2人で約束する。 きっと、そう。 私はそんな普通の時間でも嬉しくて。いつもいつも楽しみで。 でも。 でも、思うんだ。 来年の秋祭り、本当に貴方と一緒に行けてるのかな、って。 ずっとずっと、貴方の傍にいたいけれど、 でも、そんな保障はどこにもなくて。 いつか、離れてしまうんじゃなかって。 いつか、さようなら、って言う日が来るんじゃないかって、そう思う。 こみ上げてくる不安感に土方の腕にしがみついた。 「・・・。」 ふと足を止めて、土方が呼び掛けるように名前を呼んだ。 それまで土方の靴先だけを見つめていた視線をゆっくりと土方の方に向けると 「・・・っ・・・」 すぐ目の前に土方の顔。 夕日が作る陰影がすごく綺麗で。 前髪がフワリと触れ合う至近距離。 少し間を置いた後、土方はコツンと額をぶつけた。 「お前、夕暮時キライだろ。」 「えっ・・・!?」 あまりに唐突に図星をつかれて、どうして分かったの、なんて言葉も出てこない。 ただただ驚いた目で土方を見つめる。 いつの間にか土方の腕を掴んでいた手は外れていた。 「やっぱりな。」 「・・・っ、どうし、て?」 「分かるんだよ。雰囲気で。・・・・・・・・・・俺もそうだったから。」 「・・・え・・・」 「俺も嫌いだったんだよ。夕暮時はどうも空気が辛気臭くていけねェ。」 「・・・・・・・。」 「・・・・・・・と、前は思ってた。」 「・・・今は、違うの?」 「あぁ。」 同じ気持ちになったことがあるんだ。土方さんも。 でも、それならどうして今は違うの? 私は夕日を見る度に不安で。どうしようもなくて。胸の奥がジリジリするのに。 「どうして、今は平気なの・・・・?」 そう問うと土方はの頬を包むように手を近付ける。 頬に感じているのは、土方の温もりなのか、それとも夕暮の風なのか。 ギリギリの距離だから分からない。 「・・・っ・・・・・・」 次の瞬間、そっと土方の唇がのそれに触れた。 「お前と、会ったからだ。」 土方の瞳は真っ直ぐを見つめる。 「お前と会ってから、夕暮れは嫌いじゃなくなった・・・・。」 自分の思いとは逆の言葉。 だって私は、土方さんと会う前は夕暮れは怖くなかった。 私は、貴方と会ったら夕暮れが嫌いになった。 過ぎる時間は寂しくて、夕日の赤は嫌な色。 「夕日見ながら考えられるだろ。この次お前と会う時のこと。」 「・・・・・・・。」 「それから、次会った時に、今度はどういう約束するか、とか。」 「・・・・・・・。」 「あと・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・あと?」 少し間を置いて、フッと微笑んで土方はの頭を撫でた。 「・・・・あと、今日お前が作る夕飯のメニュー。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それだけ?」 「それだけで十分なんだよ。」 「・・・・・・・・・。」 まだ納得しきれていない様子のに土方は言葉を続ける。 「嫌いでも治るかもしれねェだろ。」 「どうやって?」 「・・・・増やす。」 「・・・・・・・・・へ?」 「だから、夕暮にいい思い出増やせば、治るかもしんないだろ?」 「・・・そ・・・・んなに・・・上手くいくもの・・・?」 「いくかもしんねェじゃん。」 「むぅ・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大体お前さ・・・・・・・・」 「うん?」 急に声のトーンが変わる土方をフッと見上げる。 「・・・・・・何でもねェ。」 「えっ!?ヤダ何よ!気になる!!」 「だぁー!!何でもねェっての!!」 「あっ!今の嫌な思い出だから!あー、夕暮れますます嫌いになったァー。土方さんのせいだからァー。」 「テメ・・・・・・コノヤロー。」 「ひたたた。」 土方はの頬をギュッとつまむ。 でも、もちろん本当は痛くなんて全然ない。 土方はしばらく河原の方に視線をやって目を泳がせていたが、やがて言いにくそうにポツリと呟く 「・・・見たいんだよ」 「え?」 「だから、その・・・俺はなぁ、夕日の当たってるお前が好きなんだよ。なんていうか、似合ってるっつーか、綺麗っつーか・・・」 「・・・・・・・・ひ、じか・・・」 「・・・・・・なのにお前、夕暮れになると急にテンション下がって笑いやしねェ。」 「・・・・・・。」 「・・・・・・・夕日の中で笑ってるトコロが見てーんだよ。」 言葉が出せなかった。 夕日が、似合う?綺麗? 普段なら絶対そんな事、言わないのに。 私は聞きなれない言葉に急に照れくさくなって、またうつむいてしまったから 土方さんの顔が赤いのは夕日のせいだけじゃない、ってことにも気付いてなかった。 ザァ、と風が吹いて緋色のススキが激しく揺れた。 その音が、ハッキリと聞こえた。 聞かないように心を塞いでいたのに。 でも、今度は不安じゃない。 ううん。不安だとか、そんなこと考える余裕なんてない程 嬉しかった。 さっき目の前にあった大きな雲の塊は、もう見えなくなっていた。 うるさかった心臓の音も落ち着いてきて、今度は段々と心が暖かくなっていく。 2人の間にあった1歩の距離を埋めて、 今度はそっと土方さんの腕に抱きつく。 それに応えるように土方はを抱きしめ返して、もう一度そっとキスを落とした。 「・・・ん・・・」 サワサワと緋色の風が木の葉を擦らせる音だけが聞こえる。 角度を変えて、何度も与えられる啄ばむような優しいキス。 抱きしめられた腕や胸から伝わる、全身を包む暖かさ。 「・・・・・・・・・。」 チュ、と小さな音を立てて土方の唇が離れた。 「・・・・・・帰るか。」 「・・・・うん。」 そう答えると土方さんはもう一度私の頭を優しく撫でた。 さっきまで目の前に広がっていた赤い夕暮れは、不思議ともう怖くなかった。 こういう気持ちが重なっていくなら、夕暮れも悪くないなァ。 先のことを思えば、きっとまた不安になるのだろうけれど でもそんな事を考える暇がない位に目の前の ”今” が幸せだから。 単純な私には今日1つの思い出で、もう十分で。 目の前には真っ赤な夕日と、赤く染まる空と街。 2人の影は長く伸びる。 緋色の風を顔にいっぱい受けて、私はあなたに微笑んだ。 「ねェ、土方さん。今日の夕飯、何が食べたい?」 ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・ 秋の夕暮れは郷愁を感じますね。優しいような、寂しいような。 |