仕事の後の寄り道は、良いことか、悪いことかと聞かれたら もちろん、あまり良い事では無いと思うけれど。 うだるような暑さの中、見回りと書類に追いかけられて。 たまには涼んで、英気を養いたいと思うのは、 癒されたいと思うのは、 おかしな事じゃないだろう? 『納涼逢引』 ミーンミーンミーン…シャワシャワシャワシャワ…… 「しくった…」 耳が痛い程の蝉時雨の中、境内の階段にダルそうに腰をかける。 ひざに腕を乗っけて前かがみで。 濡れた前髪からポタリと汗が滴り堕ちて地面にシミを作る。 「こんな遠いならパトカーかっぱらって来りゃよかった…」 ジ、ジジッ! 土方の呟きをバカにするかの様に横の木からセミが飛び立つ。 何やら頂けないシャワー付で。 「引き返してパトカーで行くか……?いや、でもな…」 道のりの丁度中間まで来てしまっている。 引き返すのはあまりにかったるい。 「仕方ねェ」 はぁ、と大きいため息と共に土方は腰を上げる。 上着をバサリと肩にかけて、再びカンカン照りの山道に出る。 世の中の連中はどんどん薄着になってるってのに、この隊服ときたら。 夏にはそぐわぬ厚い生地に、おまけに黒の布地ときたもんだ。 たまにすれ違う旅人は皆、この格好に一瞬訝しげな顔をする。 こっちだって好きでンな格好してんじゃねーよ、と睨みつけてやりたい。 が、あまりの暑さにそれすらも面倒で。 「クソ・・・水でも持ってくりゃよかった・・・・・」 喉はカラカラだし、汗でグッショリのカッターシャツは鬱陶しいし。 けれど。 『土方さん』 それ以上に。 『土方、さん』 に、逢いたい。 「もしかして、まァたさんですか?」 別れ際に山崎が言った言葉と、いかにも仕様がないな、という様な笑った顔。 ああそうだよ、悪いかよ と睨み付けたわけだが。 「やっぱボコっときゃ良かったな…」 土方はギロリと進行方向に凶悪な表情を向ける。 夏の祭りだの何だのの混乱に乗じてテロは起こりやすい。 只でさえ忙しくてイラつくこの時期に、こんな田舎への出張。 行き先の近くにがいなきゃ、誰がワザワザこんな所まで。 お互いの仕事の忙しさとすれ違いで1ヶ月は逢っていない恋人。 逢いたい気持ちは日増しに募っている。 あの控えめで、柔らかな笑顔が見られなければ。 あの耳障りの良い、透明な声が聞けなければ。 日々の疲れはもう取れそうにない。 「・・・・もしかしてアレか?」 熱気と陽炎の中、遠くに街のようなものがチラリと見えた。 蒸発しかかった思考回路が幾分戻って、知らず知らずに歩調は早くなる。 「・・・・・・・間違いねェ」 街を目前に汗で湿ったメモに目を落とす。 また前髪からポタリ、と滴り堕ちる水滴。 「もうちょい先の方だな」 回りを見渡しながら進む土方。 広めの道に、立ち並ぶ京風の町屋。 この辺りでは普通のことなのか、どの家の軒下にも風鈴が下がり チリーン、チリーン と涼しい音色があちらこちらから聞こえて来る。 小さいけれど、綺麗な街だ。 ただ、どういうわけか人通りは少ないけれど。 不思議に思いながらふと目をやったその先に。 『工房』 目的の看板を見つけた。 「・・・・・・・」 突っ立って扉をただ睨むだけの土方。 開けて、いいもの、なのだろうか。 逢いたいと散々思い、照りつける日差しの中歩いてきて。 見つけたらすぐにだって抱きしめたいと、思っていたのに。 いざとなると、仕事中なら邪魔にならないか、とか、 連絡を入れなかったのは不味かったか、とか 色々頭を巡って、体が動かない。 聞こえる風鈴の音もどこかよそよそしい。 「クソ・・・」 中学生じゃあるまいし、何だこのザマは。 別に普通に扉開けて、普通に、何気なく声をかければいいだけじゃないか。 忙しそうなら時間を改めりゃいい。 くわえていた煙草をギュと踏みつけ、扉に手をかける。 ガラガラガラッ!! 「「・・ッ!!!???」」 土方が扉に手をかけようとした瞬間、 いきなり目の前で、大袈裟な音をたてて扉が開いた。 土方は急に開いた戸に、 相手は戸の向こうに急に現れた人影に。 2人同時に身を硬くし、目を見開く。 「・・・・ッ、え!? ひ、じかた・・・・さん・・・・?」 「・・・・よ、よォ・・・」 あまりに突然のことで用意していた再会の言葉は白紙に戻る。 の右手には水の入った桶、左手には勺を持っていて。 「あ、ワリ・・・仕事中だったか・・?」 しまった、という気持ちを隠すように勤めて冷静に問いかける土方。 「えッ?あ・・・・」 違うの、と頭を横に振る。 まだ動揺が抜けきらないみたいだ。 「そこの鉢植えに水をあげようと思って」 「鉢植え?」 横を見やれば、なる程屋根の日陰に朝顔の鉢。 日陰で涼しいせいか、まだ綺麗な紫と青の花が風に揺れている。 「・・・あ!あの、えと・・・・中に入って?」 コト、と桶と勺を置いては慌てて玄関へ上がる。 「あ、ああ。」 多少のギクシャク感を残しつつも、土方は促されるまま中に入った。 チリーン・・・チリーン・・・・・・・・・ ・・・・チリーン・・・・ 日本家屋のいいところだ。 襖を開け放ち通る風に、心地よさそうに目を細める土方。 さっきまでの炎天下がまるで嘘の様に、スーっと汗が引いてゆく。 「ここにも朝顔か・・・・」 ぼんやりと眺める庭に咲く花も涼しげに風に揺れる。 風鈴の音に微笑するかの様に。 「綺麗でしょう?日陰だと長く咲いてるのよ?」 いつの間にか傍に立っていたは麦茶をのせた盆を置き、土方の隣に座る。 「はい、麦茶。」 「ん。」 「外、暑かったでしょう?」 「まァな。」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「「・・・・・・・・・・・あ、」」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・あの、先にどうぞ?」 「いや、別に大したことじゃ・・・」 妙に気恥ずかしい空気の中、麦茶の氷がカランと音を立てる。 「い、家の他の人はどうしたんだ?」 「ああ・・・あの、もうすぐお祭りがあるんですよ」 「祭り?」 は後ろの棚から知らせの紙を取り出し土方に渡す。 「この辺りで一番大きなお祭りで、それが明日からなんです。 この街小さいでしょう?皆今日は泊まりで準備なんですよ」 「毎年やってるのか?」 「ええ。」 いつも夏になるとこの山奥の親戚のところに が泊まりに行く理由が分かった気がした。 つまり、忙しい間の家事などの手伝いなんだろう。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あッ、あの、土方さんは・・・どうしてここに?」 言い難そうに、間をおいておずおずと尋ねる。 風にわずかにそよいだの前髪と、自分を見上げるその瞳。 「ん?あァ、しご・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・し、仕事で近くまで、な」 頬を染めて一瞬だけ視線を外した土方。 思わず見とれて。 あんまり綺麗だからほんの少し、照れくさくなって。 「・・・・・?」 もちろんはそんな土方の心の内など知るわけがない。 チリン、と軒下の風鈴がまた音をたてる。 「ひ、じかた、さん・・・・・?」 「・・・・・・・」 何も答えず、土方はの頬に指先でそっと触れ、辿る。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・着物・・・・・」 「・・・え?」 短いけど長い。 そんな沈黙の後で土方はようやく口を開く。 「・・・・・・・その着物、よく似合ってる」 涼しげな白地の着物、藍色の帯に、竹色の帯揚げ。 「ひ、じか・・・きゃ!?」 長い間逢いたいと思っていた恋人は、 やっと逢うことのできた恋人は、 頭の中で想像していたよりもずっと綺麗で。 今までの気持ちがイッキに溢れたように、土方はをきつく抱きしめた。 「逢いたかった・・・・・・・」 耳元で囁く低音に、は頬を染めるしかなかった。 「うん 私も・・・・・・」 広い胸板に頬を寄せ、幸せそうに微笑む。 「・・・・・・」 土方はそんなの唇にそっと自分の唇を触れされる。 ぬるま湯のような温度。 柔らかいけれど、唇にしっかりと残る甘い感触。 ほんの少しでやめるつもりが、離れることができない。 彼女の唇のあまりの心地よさに意識が持っていかれそうだった。 「・・ん・・・・・ひぁ!?ちょ、土方さん・・・!」 の声にハッとする土方。 「・・・・・・・・・ッ、あ・・・ワリ・・・」 無意識のうちに裾を割り腿をなぜていた手を引き抜く。 「あの、土方さん、・・・・ここ一応叔母様の家だし、昼間だから・・・・」 「わ、わーってるよ・・・」 いかにもバツが悪いといった感じに庭に視線をやる土方。 自分の行動を今更ながら思い切り後悔した。 溜まってました、と言ってるようなものじゃないか。 久しぶりに逢ったからってイキナリこれはないだろう。 「・・・・・、・・・・・・?」 服をクイクイと引かれる感覚に、視線を落とす。 見ればは耳まで赤くなっていて。 「今はダメだけど・・・・・その、夜、なら・・・」 恥ずかしそうに視線は宙をわずかに行き来している。 「・・・いや・・・けど・・」 「きょ、今日は誰も戻って来ませんから、その・・・・」 そこまで言ってスッと土方の腕の中から抜け出る。 土方に背をむけて2人のグラスをカチャリとお盆にのせる。 でも見える耳は赤いまま。 「・・・・今日は、泊まっていってください。」 「・・・けど・・・・」 「私も」 土方の言葉をさえぎり立ち上がる。 「・・・・・・・私も、ずっと我慢してたから・・・・」 うつむいて、もうほとんど聞こえないような小さな声で。 「・・・・・泊まっていって、ください」 そう言いは部屋をあとにした。 ・・・・・チリーン、チリーン・・・・・・・・・・・ 部屋には彼女の残り香と、風鈴の音。 それから額をなでるかすかな風。 1人きりになった部屋で、土方はゴロリと畳に寝転び、呟く。 「・・・・・・んじゃ・・・・・・・お言葉に甘えるとしますか・・・」 庭の朝顔の花もまだ嬉しそうに微笑していた。 誘ったのは、お前の方だからな? 今夜は絶対、手加減なんてしてやらねェ。 ***************************** へたれな土方さんだって大好きです。 |